2010年2月9日(火)夜、日本テレビ「ZERO」の教育特集をちらりと見た。生徒たちが荒れている学校の教員たちのようすが映し出されていた。
細かいことは分からないが、直感的に感じたことがある。単純なことだ。教師に魅力がない。これが本質的なことのように思われる。次つぎに映し出される教師の映像から感じられた。もしも、自分が生徒ならば、この教師たちにどんな態度を取るかということも予想できる。
わたしも、教育について一冊の著書
『放し飼いの子育て』(1994一光社)を持つ立場である。教師のあり方についても自ら反省せねばならない。具体的にいくつかのポイントをあげておこう。

放し飼いの子育て―やる気と自立の教育論
一光社 1994-09
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Amazonで詳しく見る by G-Tools 第一は、教師たちの表情である。魅力がない。最初、映像を見たときには、どこかの暴力団のような感じがした。生き生きとしていない。陰気で暗い表情の教員ばかりだ。こんな教員が子どもたちの前でどんな表情で授業をするのだろうか。
第二は、服装である。どの教員も作業着のような服装である。教師にとって生徒の前に立つとき、晴れの舞台としてのスマートなものであるべきだと思う。それが、どの教員もきまって普段着以下の服装だった。
第三は、ことばづかいである。暴力団が仲間の悪口をいうような口ぶりであった。人としての生徒と向き合うような感情が感じられないのである。たとえ、それが悪口であっても、心底から生徒の人間としての悪を嘆くような深い思いが感じられないのである。
映像というのはリアルなものである。番組の制作者が意図したナレーションが流れていても、実際の映像からは以上のような、直感的な教育事情というものが見えてしまうものだ。
国会中継を見ていると、国会議員の話し方がとても気になる。話し方というものは、話の内容以前に重要なものである。というのは、わたしたちは、話し全体の内容をつかむまえに、まず、話を聞こうという態度を作らなければならないからである。その意味で、政治家というものは、何よりもまず話し方の研究が重要であろう。
ふたりの議員の話し方が気になった。野党と与党とを問わず、思想信条を問わずに、いろいろな国会議員の話し方は、そのものとして気になるのである。わたしの日記から引用しておこう。
●1月22日(金)今、衆議院予算委員会の中継を見ているが、白髪頭で眼鏡をかけた議員IY(K党)の話しぶりが気になる。おうへいな感じがするのである。早口で発音が悪く軽い声で話すので、相手を軽ろんじている印象を与える。相手に対する尊敬心を感じさせないのである。ほとんど口を開かずに話している。これも陰気な感じである。たとえ反対党派の首相に質問する場合であっても、対等の人間同士であるという基本的な態度は必要であろう。
●1月27日(水)午前中に国会質問をしているMK(M党)という議員は話し方がとてもうるさく感じられる。早口で、テンションが一定で高すぎる。まったく間がないし、意味の切れ目がないのである。そのために、聞いていてイライラする。さらに、早口のために発音が悪くなり、細かいことばが聞き取りにくくなっている。このような話し方では、視聴者が関心を持てなくなるであろう。話し方の訓練が必要である。
●1月27日(水)きょうはもうひとり気になる。YN(K党)である。話しぶりがきれいすぎる。アナウンサーのような軽い響きの美しさである。きれいな分だけこころが感じられない。話の内容よりもことばに意識が行っているのではないか。そうなると、発言の内容に重さがなくなる。同時に心情や感情の豊かさというものも失わているようだ。政治家にとっては情熱の感じられる語り方も必要だと思う。
もちろん、このほかにも、わたしが気になる議員の話し方がある。それに対して、これはいいという議員の話し方もあるのだが、また、思いついたときに書くことにしたい。