添削の基本的な考えについては、
宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をどう添削したか(1)を参照ください。
三、家
(1原文)
ジョバンニが勢よく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫いろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆いが下りたままになっていました。
「お母さん。いま帰ったよ。工合悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。
「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼しくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」
ジョバンニは玄関を上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室に白い巾を被って寝んでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。
「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」
「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」
「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」
「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」
「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」
「来なかったろうかねえ。」
「ぼく行ってとって来よう。」
「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」
「ではぼくたべよう。」
ジョバンニは窓のところからトマトの皿をとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。
(1添削)
ジョバンニが勢よく帰って来たのは、裏町の小さな家でした。入口の空き箱には紫いろのケールやアスパラガスが植えてあり、二つの小さな窓には日覆いが下りたままでした。
ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。
「お母さん。いま帰ったよ。工合悪くなかったの。」
「今日は涼しくてね。ずうっと工合がいいよ。ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。」
お母さんはすぐ入口の室に白い巾を被って寝んでいます。ジョバンニは窓をあけました。
「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。姉さんはいつ帰ったの。」
「三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」
「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」
「来なかったろうかねえ。」
「ぼく、とって来よう。」
「あたしはゆっくりでいいんだから。姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。
お前さきにおあがり。」
「では、食べよう。」
ジョバンニは窓のところからトマトの皿をとって、パンといっしょにむしゃむしゃたべました。
※会話にはちょっとした言い回しでニュアンスが変わってしまうというこわさがあります。そこに注意して添削してあります。どこでお母(っか)さんが、どのように見えるか。
(2原文)
「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」
「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」
「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」
「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」
「きっと出ているよ。お父さんが監獄へ入るようなそんな悪いことをした筈がないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した巨きな蟹の甲らだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕
「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」
「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」
「おまえに悪口を云うの。」
「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」
「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」
(2添削)
「ねえお母さん。ぼく、お父さんはきっと、間もなく帰ってくると思うよ。」
「あたしもそう思う。おまえは、どうしてそう思うの。」
「今朝の新聞に、今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」
「だけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」
「きっと出ているよ。お父さんが監獄へ入るような悪いことをした筈がないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した巨きな蟹の甲らだのトナカイの角だの、今だってみんな標本室にあるんだ。」
「この次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」
「みんながぼくにそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」
「悪口を云うの。」
「うん、けれども、カムパネルラは決して云わない。みんなが云うときは気の毒そうにしているよ。」
「あの人のお父さんとうちのお父さんとは、おまえたちのように小さいときからお友達だったそうだ
よ。」
※ジョバンニは、父が監獄ではなく、漁をしていると信じているのです。ラッコの上着はその証明です。
(3原文)
「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中たびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐がすっかり煤けたよ。」
「そうかねえ。」
「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」
「早いからねえ。」
「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒のようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜のあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」
「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」
「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」
「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」
「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」
「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒なら心配はないから。」
「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」
「ああ、どうか。もう涼しいからね」
ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附(かたづ)けると勢よく靴をはいて
「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。
(3添削)
「お父さんは、ぼくをカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。学校から帰る途中、たびたびカムパネルラのうちに寄った。アルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなって、電柱や信号標もついている。アルコールがなくなって石油をつかったら、罐がすっかり煤けたよ。」
「そうかい。」
「いまも毎朝、新聞を配りに行くけれど、いつでも家中しぃんとしている。」
「早いからねえ。」
「ザウエルという犬がいるんだ。しっぽが箒のようで、ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくる。今夜はみんなで烏瓜のあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」
「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」
「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくる。」
「行っておいで。川へは、はいらないでね。」
「うん、岸から見るだけだよ。一時間で行ってくる。」
「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒なら心配ないから。」
「きっと一緒だよ。窓をしめて置こうか。」
「ああ、どうか。もう、涼しいからね。」
「では一時間半で帰ってくるよ。」
ジョバンニは立って窓をしめ、お皿やパンの袋を片附けると、靴をはいて勢いよく暗い戸口を出ました。
※カンパネルラの家に行ったときの回想がくどいので簡潔にしています。
(つづく)
CM:コトバ表現研究所
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